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てのせか(柚月家シリーズ)

「ねーねーっ、ゆいちゃん、お話ししてよーっ」
「えー…もうこんな時間だよ…、…おねえちゃん、早めにねよう…?」
「でもヒナはまだねれないもーん!しおりおねーちゃんはいないしーっ…」
「……分かったよ、一回だけだからね?」
「わーい!ユイちゃんすきーっ!」
「…………」

「……あるところに、たくさんの人がいました。」


***


「あぁ…、なんてことだ……」
男は空を見上げていた。
女も、少女も、老人も、若男も、皆、一様に空を見上げていた。
目線には蒼い、まったくに蒼い空が広がっている。
とても、気持ちのいいほどに晴れ渡った青空。
「で、伝説は…本当に…」
人々の間には、伝説、言い伝えが残されていた。

人々は、草木などの生い茂る自然豊かな場ではなく、荒野の中に生き残った命、とされている。
それは、自分たちの生きる今から1000年ほど前に"神の鉄槌"から生き延びた人の事を指しているからだ。
それ以前の情報はどうにも信憑性に欠ける、そんな事実あるはずが無い、そう言われて片端から処分されてきた。

 

そんな中唯一残されたのがこの、神の鉄槌。
一説によると、『空が落ちてくる』という。
そんなもの、民衆からしたらただの笑い話だった。
だが、現代の技術発展というのは恐ろしい。ものの数十年で宇宙進出を果たし、そして人類の行動範囲を広げていく。

 

そうした中、人々が叡智を結集し最後に見たものは、1人の少女だった。小学生くらいだろうか、幼げな顔が、衛星によってぼんやりと映し出されている。
宇宙飛行士たちはこの事件に驚きを隠せず、またどうしたらいいのか分からなかった。
まさか、今まで自分たち人類は、たった1人の少女の手中に置かれ、その存在すら気づかぬに生きていたのだろうか?仮にそうだったとして、この事実を知った自分たちはこれから、どう生きていけばいいのだろう、と。

 

その写真は全世界に発信された。当然のように、様々な解釈がされる、自分たちの神様であると信仰するもの、未知の存在であり未来発展の足掛かりにと接触を図るもの、そして敵であると決めて撃破を目論むもの。様々な結論が出され、それらは終ぞ収束することはなかった。
そして時は進み、少女の顔を永続的に見られるようになった頃、ある一人の観測者が偶然にも、ある発見をする。

 

その顔から推測で1000万キロメートルも離れたところ、そこに巨大な手が確認されたのだ。
それこそ、全世界どころか宇宙すらつかめてしまいそうな巨大に過ぎる手。掌がこちらを向いているのもあって、観測者はあれが今落ちてくるのではないか、と錯覚した。
が、実際はそんなことはなく、徐々にだがその手は姿を変えていった。
観測開始から数年後、指が開かれていき、爪が見えなくなる。
その十年後、その手が段々と大きくなり、指などについている指紋が見えてくる。
そして、その三年後。少女の手は彼らの心すらも握りしめる。

 

惑星が指によって粉々に砕かれた。
一瞬だった、仮に想像していたとして、研究者たちは徐々に崩れていくだろうと予見していた。
だが、惑星が爆発したかと思うとその数瞬後には指は何事もなかったかのように、目線の先で寡黙を貫いていた。
それを見た人々はは最初、目の錯覚だと思っていた。あの光も何か別のものだろうと。
だがその妄想も彼ら自身の技術によって霧散する。
理由はよくわからない、が、惑星の未知の消失から数日後、少女の手がキラキラと輝きだした。
惑星が次々と破壊されている。衝突、爆発、霧散を何回も、何千回も、何万回もも繰り返していた。
そしてその現実を見たとき、初めて人々は恐怖した。関心が恐怖に変わるのはいつだって遅い…。
どこかに転移すれば。あの手から逃れられる場所にへ、と。
だが数億もの星々を一瞬ではたき落とせるほど巨大なのだ、逃れられる方が無理な話だった。
それに仮に手から逃れたとしても、その手が発する風によって粉々になるのではないだろうか。
憶測が飛び交う中、ふと人々は1つの疑問を抱く。
手の移動速度が速くなっていないだろうか?
これまで徐々に、日をまたいで見られた動きが、今や秒を追うごとに大きく、大きく、大きくなってこちらに迫っている。迫る毎に破壊のスピードは増し、掌が眩く光っていく。

 

そしてついに、地上にも影響が出始めた。断続的に地面が揺れ始めたのだ。人々には理解しがたいことだったが、少女の手が押す目には見えない力が、既に地球にまで及んでいた。
もう立つことすら難しい、ビルは倒壊を始め、人々は逃げる間もなく潰される。あの掌ではなく、自分たちが作った建造物に。まるで自分たちがアリで、大きな少女の目の前でまるでコントのように一人倒れてきた砂粒と戦っているのを見られているような、そしてその場に足を構えられているかのような、そんな錯覚。
そうだ。もしかしたら、いや、確実に、徐々には…いや、この手は自分たち人類、それどころか自分たちの星さえも目的としてはいないだろう、それ以前に認識すらしているかどうか。
考えれば考えるほど、自分たちが小さな存在になっていく。逃げることすら諦めた人類は、だんだんと一つの点へと収束した。


彼らが再び生きたいと思ったのは、
少女の手が地面に触れた瞬間だった。


***

 

ジリリッ!ジリリッ!ジリリッ!

 

「うぅ…ん」

 

カチャン…
「んぅ……はれ、あさ…ぁ?」
寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見回す、窓からは暖かな陽が照り落ちていた。
「おねえちゃん、おはよう…」
「あ、ユイちゃん、……あれ、ひな、ユイちゃんにご本、よんでもらってたよね?」
「でもおねえちゃん、さきにねちゃったから…」
そう言いながら置いてあった本を手に取る、確かに昨日の夜読んでもらっていた本だった。
「へぇーっ、…あ、そーいえばおにーちゃんは」
「おきてないよ、まだねてる」
聞いた瞬間、陽菜の顔が笑顔で満たされた。
「えへへ、じゃあはやくおこしにいかなきゃねっ!」
「うん、………あ、おねえちゃん、さきに行ってて?」
「へ?あ、うん、ユイちゃんもはやくきてねっ?」
「うんっ」

 

 


「じゃあ…」
ふと、妖しげに笑いながら、優衣は枕元に置いてあった時計を覗き込む。
陽菜の手の形に押さえつけられたあとと一緒に…埃だろうか、幾つかの小さな、それこそ0.1mmもない塵が沢山付いていた。
それに対して話しかける。
「こびとさん、これで10回め…かな?もうヒナに気づかれてもいないね…」
時計に指を当てる。
「でも、気づかれないのがわるいんだよ?ヒナに気づいてもらえるようにがんばらなきゃ、ね?」
ツー、と、塵を…星々の残骸をなぞるように指を動かす。それこそ小人たちにとっても砂粒ほどもないくらいに粉々にされる。
「でもごめんね、わたしは小さくしてあげることしかできないの、だから…」
フワッ
「また次も、頑張ってね♪」

 

現在の人類の倍率、10000000000000分の1。

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